界面駭客日記(18) - 賢い家 増井俊之


ネットワークに接続された現在のデスクトップ計算機は、 「賢い」と呼んでもよいレベルまで進化してきていますが、 我々が現在住んでいる普通の家は賢さからほど遠い状態にあります。 家族がどこの部屋にいるか/ 部屋の電気はついているか/ 風呂に湯は入っているか/ といった簡単なことですら、実際にその場所に行ってみないと わかりませんし、 泥棒が入っていないか/ カギやガスは大丈夫か/ 電気の使用状況はどうか/ といった大事なことも全くわかりません。 インターネットで世界の状態や電力事情がわかるというのに、 自分が使っている電力の量や 別の部屋の電灯の状態がわからないというのは不思議な気もします。

だいたい、 住人が帰ってきているのにドアを開けない家というのは 余程失礼なものだと思いますが、 それを問題にする人がいないところを見ると、 家というものは金魚ほどの賢さも期待されていないようです。 馬鹿な計算機とかプログラムとかいう言葉はあるのに対し、 馬鹿な家とか部屋とかいう言葉はありませんが、 これからは 家や部屋に少しぐらい知性を期待してもよいように思われます。 住人に対してドアを開けない家や、 誰もいない部屋の電灯をつけっぱなしにしておくような家は、 かなり馬鹿な家であるという認識をもつことから始める必要があるでしょう。 2月号では 現在の家電製品と計算機能やネットワーク機能を付加した 「情報家電」の制御の話を書きましたが、 そこまで複雑なものを導入しなくても、 住居をもう少し賢くすることはできるかもしれません。

これまでにも 「ホームオートメーション」というキーワードが流行したことがありますが、 実際にそのようなものが広く使われたためしはありません。 当時は キラーアプリケーションが存在しませんでしたし、 計算機やネットワークのインフラも整っていませんでした。 たとえば、 電話からのリモート制御で風呂をわかすシステムはありましたが、 そのような要求をもつ人は多くなかったでしょうし、 公衆電話などから電話して指示するというのはいかにも面倒でした。 現在は計算機環境も通信インフラも格段に進歩していますから、 キラーアプリケーションが出現する可能性が増えていますし、 以前に比べると実装がはるかに容易になっています。

賢い家の実現

賢い家を実現するためには、 センサ、アクチュエータ、計算機能、ネットワークなどが必要になります。 複雑な計算機能は大抵の場合必要ありませんが、 役にたつセンサやアクチュエータをうまく使わなければなりません。 賢い部屋やオフィスを実現するための様々な研究をこれまでにも いくつか紹介しましたが、 位置検出のために高価な位置センサを使ったり 情報提示のためにプロジェクタを何個も使ったりするものが多く、 普通の家で実際に使えるものを使った研究はあまりないようです。

X10

X10[*1]は X10.comが長年販売している装置で、 家庭の電灯線を使って家の中の様々な機器を制御することができます。 X10は長い歴史を持っており、 米国ではかなり広く使われているようです。 米国のホームセンターなどに行くと、数多くのX10コントローラが 販売されています。 計算機を使ってX10を制御することもできますが、 別の場所にある照明装置を制御するモジュール、 ランダムな時間に電源をオン/オフするモジュールなど、 X10シリーズの機器を使うだけでもかなり便利な使い方ができます。

電子錠

自動的にドアの錠を開閉するためには、 電気信号で制御可能な「電子錠」を使う必要があります。 ネットワーク接続された電子錠を使えば、 インターネットや携帯電話を使って錠の状態をチェックしたり 各種の認証方式を使って錠を開閉することができます。 ドアに指紋検出装置や電子的な認証装置を取り付けて使うこともできますし、 問題を解くことにより認証を行なってドアを開閉する 「なぞなぞドア」[*2]を実装することもできます。 電子錠は会社などではよく使われていますが、 ネットワークから制御できるものは多くありません。 また、一般家庭用のものはほとんど普及しておらず、 高価ですし工事が面倒だという問題があります。 最近は、一般的な家庭のドアの錠の上に物理的に装置をかぶせることにより 普通の錠を電子錠化してしまうという製品が販売されているので、 このようなものを使えば家庭でも簡単に電子錠を使うことができます。

ネットワーク

情報家電機器の制御のために、電灯線を使用する ECHONET[*3) という規格が推進されていますが、今後普及するかどうかは不明です。 とりあえずすぐ使えるという点では、 有線/無線のイーサネットを使うのが現在のところ最も簡単かもしれません。 有線のイーサネット機器は非常に安価になりましたし、 ケーブルを引き回しにくい日本家屋では無線LANが非常に便利です。 無線LANを使えば、家の中のどこでも 音楽を聞いたりインターネットから情報を得たりできて便利ですから、 こういった使い方は今後どんどん増えてくると思いますが、 家の中のあらゆるセンサにLANを装着することができれば 賢さのレベルが一気に増大するでしょう。 あらゆるセンサに無線LANをつけるのが理想ですが、 とりあえずは、ネットワークに接続されたセンサ制御ボックスに 各種のセンサを接続すればよいでしょう。

センサ

トイレに置くべきセンサについて考えてみると、 トイレットペーパの残量/ 石鹸の残量/ 便座にかかる重量/ 水量、水流/ 電灯の状態/ 誰が使用中か/ 匂い/ 温度/ 湿度/ 便座温度/ 窓の状態/ 汚れ/ など、沢山のものが考えられます。 これらをネットワークから読み取って情報を解析すれば 色々面白いことがわかるかもしれません。

アウェアホーム

米国アトランタのジョージア工科大学では、 「アウェアホーム」(AwareHome)というプロジェクト[*4]で 賢い家に関する様々な研究が行なわれています。 このプロジェクトでは、 実際に大学の中に一軒の家を建てて、 その中に各種のセンサやネットワークをはりめぐらして 各種の実験が行なわれています。 (この家は米国の平均的な家だそうですが、 3階建てで地下室があり、ベッドルームが4部屋もあるというものですから 日本の平均的な家とはかなり違うようです。)

AwareHome外観

アウェアホームの床には銅線を巻いたセンサが所々に置かれており、 RFIDタグをつけた靴やスリッパをはいた人がその上を通ったことを 認識することができます。 また、天井には多数のカメラやマイクが取り付けられているので この情報を用いて人間の位置を検出することもできるようになっています。


Digital Family Portrait

「Digital Family Portrait」は、遠くに住んでいるおばあちゃんの様子を 額のように表示するシステムです。 おばあちゃんの家のドアの改変のようなアクティビティに応じて 額の縁の蝶の大きさが変わるようになっており、 元気に暮らしているかどうかがわかるようになっています。

「What Was I Cooking?」は、料理の様子をずっとカメラでモニタしておいて 後で簡単に見直せるようにすることにより、 胡椒をもう入れたかどうかといった手順を確認できるようにしたシステムです。 料理の動作は普通あまり忘れませんし、 忘れてもさほど困りませんし、 すぐ忘れるような人には危なくて料理などさせられませんし、 そんな人はこんなシステムを使えないでしょうし、 とツッコミどころ満載ではありますが、 同じ考え方はいろいろな場面に適用できると思います。

「Digital Decor」は玉川大学の椎尾一郎先生がアウェアホームに実装したシステムで、 家具の引き出しを記憶や通信に使おうとしたシステムの総称です。 引き出しの開閉時刻とコメントを記録する「Timestamp Drawer」、 引き出しの中に書類を入れると自動的に写真をとってその大体の深さを記録する「Strata Drawer」、 引き出しの中身の写真をリモートの引き出しの中に表示することにより 「引き出し通信」を支援する「Peek-A-Drawer」など 各種のものがあります。

Peek-A-Drawer

賢い家に住む人々

自宅の新築やリフォームの機会に 家の知力アップをはかる人が増えているようです。 NTTドコモの入鹿山さんは、 自宅の新築時にネットワークやセンサをあらゆる場所に張り巡らせることにより 賢い家を実現しています。 またライターの美崎薫さんは、 家電製品を徹底的に壁や床に埋め込んでインテリジェント化した 「記憶する住宅」を本誌で連載中です。 現在はこのような試みは現在はかなり特殊なものと考えられていますが、 将来建築される家は賢いのが普通になるでしょう。 住んでる人が帰ってきてもドアを開けてくれないような家は 早晩博物館行きになってしまうかもしれません。
  1. X10.com: http://www.x10.com/
  2. なぞなぞドア: UnixMagazine 2001年X月号 ECHONET: http://www.echonet.gr.jp/
  3. AwareHome: http://www.cc.gatech.edu/fce/ahri/

Toshiyuki Masui