界面駭客日記(27) - WISSにみるインタフェース研究動向 増井俊之


日本ソフトウェア科学会 インタラクティブシステムとソフトウェア(ISS)研究会主催の 「インタラクティブシステムとソフトウェアに関するワークショップ」 (WISS2002)というワークショップが12月に北海道の大沼で開催されました。 WISSコンファレンスは1993年から毎年開催されており、今年が10回目になります。 今回は私はプログラム委員長だったので責任重大だったのですが、 なんとか盛況のうちにワークショップを終えることができました。

10年ほど前は、まだ日本ではユーザインタフェース関連のシステムに ついての研究発表の機会が少なかったので、 似た分野の研究者を集めてこのようなワークショップを始めたのですが、 ユーザインタフェース研究テーマの人気は変遷しつつも ワークショップは毎年盛況に開催されています。

研究テーマの変遷

WISS'93, WISS'94のセッションタイトルと WISS2001, WISS2002のセッションタイトルを比べると、 以下のような変遷がみられます。

WISS'93-'94のセッションタイトル WISS2001-2002のセッションタイトル
視覚化, UI設計, ツールキット, 例示と予測, ビジュアルプログラミング, CSCW, 次世代インタラクティブシステム, マルチモーダル, マルチメディア, アルゴリズムアニメーション 例示と予測, 実世界指向, 3次元, 音声, 入力デバイス, 視線, 五感, 検索, インターネット

例示/予測インタフェースのように長年にわたって 綿々と研究が行なわれている分野もありますが、 ウィンドウシステムやツールキットのような GUI関連の研究は10年の間に影をひそめてしまったようです。 それに変わって、 新しい入出力装置や 実世界指向インタフェースの研究が最近は盛んになっています。

WISSワークショップが始まった10年前には まだWindows95も発売されておらず、 ツールキットやプログラミング環境は現在に比べると貧弱だったため、 開発システムやウィンドウシステムに関する研究が盛んでした。 また、高度なグラフィカルインタフェースの研究には Unixワークステーションを使うのが普通であり、 現在のように誰もがどこでも計算機を使うという状況とはほど遠かったため、 携帯計算機に関する研究は少なく、 デスクトップワークステーションを使った研究が多かったようです。 一方、この10年の間に Javaや高度なプログラミング環境が簡単に入手できるようになったためか 開発環境に関する要求は少なくなり、 モバイル計算機やユビキタス環境に適応した入出力装置に対する 要求が高まってきたといえそうです。

発表形態

普通の学会では、論文発表の形式は昔からあまり変わっていないようです。 あらかじめ用意したスライドやOHPを順番に聴衆に見せながら 研究内容を口頭で発表するという形式は 何十年も前から変わっておらず、 最近はスライドやOHPのかわりにパソコンが使われることが多いという 点だけが違うといえるでしょう。 WISSでも他の学会と同じようにこのような発表形式を採用していますが、 他の学会と異なり、 参加者による計算機上でのチャット画面をステージの両側に表示しながら 講演を行なうという形式をここ数年採用しています。


WISS2002の発表の様子。両側にチャット画面が出ている。

発表の内容がよくわからないときや質問があるときに、 聴衆は手元の計算機を使ってチャット画面上に質問や意見を投稿します。 このような質問に対し、論文の共著者がチャット画面上で質問に答える こともありますし、 また別の参加者が別の意見を投稿することもあります。 進行中の口頭発表とは直接関係のない話がチャット上で盛り上がることも よくあります。 学会でこのようなチャットシステムを使いはじめたのは恐らく WISSが最初だと思いますが、 活発な議論を行なうのに非常に便利です。 チャットが盛り上がりすぎると参加者が口頭発表に注目しなくなって しまうという問題もあるようですが、 発表中にリアルタイムに関連する話題について議論ができるという 魅力は非常に大きなものがあるので、毎年チャットの参加率は増える一方で、 聴衆の半分以上がチャットに参加しつつ口頭発表を聞いています。


チャット画面の拡大。

チャットシステムの場合、 重要な情報であっても 古い発言はどんどん流れていってしまうという問題があります。 今年のWISSでは、 チャット画面に加え、2002年1月号で紹介したWiki Wiki Webシステムも 併用するようにしてみました。 Wiki Wiki Webでは チャットのような即時性はあまり感じられませんが、 後まで残したいような重要な情報を残すのに使ったり、 アンケートに使ったりすることができるので チャットとの併用は意義があったようです。 会場で使用したWiki Wiki Webは現在も運用したままに なっています[*1]。 誰でも情報を追加したり編集したりできますので、 ぜひ覗いてみて下さい。


WISS Wiki

今回の発表テーマ

今回は20件の発表がありました。 プログラムは前述のWikiやWISSのWebページ[*2]に 掲載されています。 以下の5件の論文が論文賞の候補となりましたが、 日立の星野さんらによるTactile Driverが論文賞を獲得しました。

QuickML:手軽なグループコミュニケーションツール
Tactile Driver: 触感を忠実に再現するタッチパネルシステム
視覚情報の属性を考慮した自動例示検索
Pop.eye: パーソナルユーザ向けの「飛び出す」動画取得システム
Digital Decor:日用品コンピューティング

これら以外に、以下のような論文も参加者の人気が高かったようです。

Web Community Browser: 大規模Webグラフ探索ツールとそのインタラクション技術
文書蓄積システムKukuraを用いた予測入力
ThumbSense: タッチパッド用対話技法の提案
空間的キーフレーム法によるキャラクターアニメーション

OUISS2002

ユーザインタフェースの研究テーマは理論的に重要なものもありますが、 「一発ネタ」に近いものも少なくありません。 私もどちらかというと一発ネタ的研究ばかり行なっているのですが、 一発が空振りしてそのまま日の目を見ないまま終わってしまうことも よくあります。 東工大の福地氏の発案により、 このような隠れた迷研究を救出するため 「OUISS」(ういっす = お蔵入りユーザインタフェースシンポジウム) という冗談コンファレンスも夜間に開催しました。 発表の事前申込は多くなかったのですが、 酒をのみつつ数々のお蔵入りネタが披露されるにつれて 我も我もと隠れ研究を発表する参加者が続出し、 本ワークショップよりも盛り上がりを見せていました。
WISS設立10周年となる2003年のWISSは12/4-6に開催されます。 開催場所はまだ決まっていませんが、なるべく楽しい場所で 開催したいと考えています。 自分でソフトウェアやハードウェアの研究をしていない人でも、 ユーザインタフェースのソフトウェアやハードウェアに興味のある方であれば 参加して議論するだけでも面白いと思いますので ぜひ多数の参加をお待ちしております。 ご意見もWikiで募集しております。
美崎薫氏によるWISS2002の詳しいレポート[*3]が Web上にありますので、こちらもご参照下さい。
  1. WISS2002 Wiki: http://www.csl.sony.co.jp/person/masui/WISS2002/
  2. WISSホームページ: http://www.wiss.org/
  3. 美崎薫氏によるWISS2002レポート: http://www.zdnet.co.jp/news/0212/17/fj00_wiss2002.html
  4. :

Toshiyuki Masui