界面駭客日記(29) - RFIDタグ 増井俊之


近年「RFID(Radio-Frequency Identification)タグ」が 注目を集めています。 日経デジタルコアのアンケート[*1]では、 ITの閉塞感を打ち破る技術として最も有望なものとして RFIDタグがあげられていました。
RFIDタグは何年も前から地味な分野で使われてきていましたが、 ICカードに内蔵されたものの普及にともなって 最近は広く一般に使われるようになってきています。

RFIDやICカードの特徴

RFIDタグとは、 電源供給と通信を行なうためのコイルとメモリやCPUを一体化したもので、 棒状のカプセル型のものや クレジットカード型のICカードに組み込んだものなどがあります。 RFIDタグの電源は リーダ/ライタから非接触で供給されるので電池は必要ありません。 読出しのみをサポートするもの、 データ書き換えが可能なもの、 内蔵CPUによってデータ処理が可能なものなど 各種のバリエーションがあります。

RFIDタグは 従来は流通分野など限られた領域でだけ使われていましたが、 最近では JR東日本で導入された「Suicaカード」や、 電子マネーとして使える「Edyカード」のように、 一般ユーザ向けの製品も増えてきています。 Suicaの場合、 自動改札のRFIDリーダ/ライタをタッチすると カード内のメモリ内容が書き換えられるようになっています。

RFIDタグは以下のような特徴を持っています。

接触させずにデータの読み取りを行なうことができる
バーコードの場合は バーコードリーダをバーコードの正面に向ける必要がありますし、 バーコードが隠れている場合は読み取ることができないため、 読み取りには手作業が必要になることが多いですが、 RFIDは無線を使用しているので、 タグとリーダの場所が離れていたり タグが隠れている場合でも読み取りを行なうことができます。 このため、バーコードに比べるとかなり自動的に 読み取りを行なうことができます。
内部でデータを記憶したり計算したりすることができる
メモリを内蔵するRFIDタグは バーコードに比べると格段に多くの情報を保持することができますし、 内容を書き換えることもできます。 また、内蔵CPUを使用することにより、 認証のための暗号計算のような処理も実行させることができます。
このようにRFIDは有用なものですが、 まだ1個が数百円程度と比較的高価であるため、 バーコードのようにあらゆる製品にRFIDを添付することはまだ難しいようです。 しかし将来のRFIDは数円程度になるという予測もあるので、 今後急速に普及することが期待されます。

RFIDの応用分野

RFIDの各種の応用やICカード社会については 森山和道氏による詳しい解説があります。 [*2] 前述のように RFIDはまだ値段が高く使い捨てができるものではないので、 再利用できるものや、 数量があまり必要ないような応用に使われています。

ものにRFIDを添付する応用

ユーザがRFIDを持ち歩く応用

このような応用の場合は、 データを必ずしもカードの内部に持つ必要はなく、 カードにはIDだけ書いておいて データの実体はネットワーク上に置いておくことも可能ですが、 現状ではやはりローカルでデータを保持して計算を行なう方が うまくいくようです。

標準化の動き

電子マネーや認証などにICカードが広く使われるようになってくると、 社会生活が大きく変化してくる可能性がありますが、 各メーカなどが独自の手法で独自のサービスをはじめると 混乱してしまうかもしれません。 商品に添付されている13桁のバーコードは、 国番号/会社番号/商品番号で構成された UPC (Universal Product Code) または JAN (Japanese Article Number) などと呼ばれる 規格で統一されているため、 世界共通で使うことができるようになっていますが、 RFIDはバーコードに比べるとはるかに大量の情報を格納することができますし、 内蔵CPUを使用したデータ処理も可能ですから、 メーカなどが独自の規格を使用した製品が乱立すると混乱してしまいますから、 なんらかの標準化活動が必要になるでしょう。

来たるべきRFID時代のために、 MITとプロクター・アンド・ギャンブルなどが中心となって 1999年に「AutoIDセンタ」[*4]という非営利研究機関が設立され、 RFIDのハード/ソフト/サービスの標準化を行なおうとしています。 AutoIDセンタでは、バーコードで使われるUPCのかわりに EPC(Electronic Product Code)というものを利用するための ハード/ソフト/サービス技術を研究しています。 今年になって、慶應大学の村井純教授をヘッドとする 日本支部[*5]が慶應湘南藤沢キャンパスに開設されています。

一方、AutoIDセンタは米国の流通界の主導のものであり、 参加していない有力なRFIDメーカがあるなど、 必ずしもRFID業界の足並が揃っているわけではないようです。 また、日本の事情にあわない点もみうけられるなど、 問題点も指摘されています[*6]。

実世界指向インタフェースへの応用

このように、RFIDの社会的な側面が最近特に注目されていますが、 バーコードやRFIDは 「実世界指向インタフェース」の研究に広く使われてきました。 実世界インタフェースとは、 キーボードやマウスのような計算機入出力装置を使うことなく、 紙/机/壁のような、一見計算機と関係ないものを使いつつ 計算機の能力を利用するインタフェース技術です。

たとえば、 書類を机の上に置くことにより関連したWebページが表示されるシステムや、 ユーザの居場所によって 実世界指向インタフェースシステムが考案されています。 これからのモバイル/ユビキタス時代は、 キーボードやマウスのような従来型のデバイスを使う場合よりも これまで使われてこなかった一般的なものを使って 計算機にアクセスすることの方が多くなると考えられますから、 実世界指向インタフェースという名前は使われることがなくなり、 そのようなインタフェース手法があたりまえになるでしょう。

いろいろなセンサを使うことにより 実世界指向インタフェースを実現することができますが、 バーコードやRFIDタグを使うだけでも 多くの実世界指向インタフェースシステムを実現できます。

RFIDを使うと 以下のような特徴をもつ実世界指向インタフェースシステムを 簡単に構築することができます。

コンビニや図書館での応用は、 あくまで実際の商品や書籍を扱いやすくするのが目的であり、 それらを使って計算機を操作するためのものではありませんが、 実世界インタフェースの場合は 然な操作で計算機を扱うことが目的になっています。 机の上にものを置く操作や ものを並べる操作のような、 計算機と関係ない自然な操作をもとにして 計算機制御ができることが大きな特徴だと思います。

RFIDを使った実世界指向インタフェースシステムについては 玉川大学の椎尾一郎教授の解説[*7]がありますが、 ここではよくできたシステムの例をいくつか紹介します。

ものの広場[*8]

大阪の千里にある民族学博物館には「ものの広場」という展示があり、 世界中の珍しいものを実際に手にとってさわってみることができます。 たとえば「セネガルのかご」を持って 「?」と書かれている台の上に置くと、 かごに埋め込まれたRFIDが読み込まれて、音と画像で由来などの説明が行なわれます。 何もない机の上に置くだけで説明が表示されるのは 不思議な感じがします。


ものの広場

PlayStand[*9]

ソニーコンピュータサイエンス研究所の 高林哲氏と私が作ったPlayStandは、 スピーカの横にCDを置くだけでその中身を 聴くことができる「置くだけ」再生システムです。 CDケースをスタンドに置くと、 中に隠してあるRFIDタグが読み取られ、 あらかじめMP3化された音楽データが再生されます。 このように原理は非常に単純ですが、 わかりやすさは満点です。


PlayStand

NaviGeta[*10]

玉川大学の椎尾一郎教授の研究室では、 RFIDやバーコードを利用した実世界指向インタフェースシステムを 多数開発しています[*11]。

NaviGetaは、 下駄の裏側にRFIDリーダを取り付けておくことにより、 RFIDをしきつめた床の上で自分の位置を取得することができるシステムです。 屋内で自分の位置を取得する技術はいろいろ考案されていますが、 入手が簡単な装置ですぐに実現できるところが特徴になっています。


NaviGeta

椎尾研究室ではこの他、 実世界に貼ったバーコードを 計算機画面上のアイコンと全く同じように扱うことができる 「IconSticker」[*12]や、 バーコードをGUI部品として使える 「FieldMouse」[*13]などの作品もあります。


IconSticker

DataTiles[*14]

ソニーコンピュータサイエンス研究所の暦本純一氏も 数多くの実世界指向インタフェースシステムを発表しており、 いくつかのシステムではRFIDが利用されています。 「DataTiles」は、 RFIDを組み込んだ透明パネルを 液晶タブレットの上に並べることにより、 それに応じて表示や操作が変化してさまざまな処理を 簡単に行なうことができるシステムです。 円板を印刷したパネルをタブレットの上に置くと 回転ボリュームのような操作が可能になったり、 地図を印刷したパネルを置くと 地図上の操作が可能になったり、 パネルの種類や並べ方によって様々な機能を直感的に表現する ことができます。


DataTiles

ePro[*15]

多摩美術大学の楠房子助教授は、 RFIDを組み込んだ多数の駒を並べることができる大きなゲームボードを利用して 様々な教育支援システムの実験を行なっています。 計算機画面上で動くシミュレーションゲームは沢山ありますが、 ボードゲームと同じように実際に駒を動かす方法は 子供などにもわかりやすいようです。


ePro


これまではRFIDは秋葉原などでも簡単に入手することはできませんでしたし、 リーダも高価でしたが、 最近は SDKが公開されているFelicaリーダが000円程度で販売されているので、 SuicaやEdyカードなどを使ったシステムを比較的簡単に構築することができます。 これまでに考えられなかったような場所にRFIDをとりつけた 面白いインタフェースの実験をしてみるのも面白いと思います。
  1. 日経デジタルコアアンケート:
    http://internet.watch.impress.co.jp/www/article/2003/0204/nikkei.htm
  2. ICチップと電子自治体:
    http://premium.nikkeibp.co.jp/biz/e-gov/column6_1a.shtml
  3. 山崎榮三郎. "RFIDタグのIT図書館への応用". 情報の科学と技術, vol.52, no.12, pp.609-614, 2002
  4. AutoID Center:
    http://www.autoidcenter.org/
  5. AutoID Center日本支部:
    http://www.kri.sfc.keio.ac.jp/japanese/laboratory/AutoID.html
  6. RFID標準化論争:
    http://biztech.nikkeibp.co.jp/wcs/leaf/CID/onair/biztech/comp/223149
  7. 椎尾一郎、早坂達、"モノに情報を貼りつける−RFIDタグとその応用". 情報処理 Vol.40, No.8, pp.846-850, 1999.
  8. ものの広場:
    http://www.minpaku.ac.jp/exhibitions/permanent/materiatheque.html
  9. PlayStand:
    http://www.namazu.org/~satoru/playstand/
  10. NaviGeta:
    http://siio.ele.eng.tamagawa.ac.jp/projects/airpen/
  11. 椎尾教授の作品群:
    http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0207/kyokai02.htm
  12. IconSticker:
    http://siio.ele.eng.tamagawa.ac.jp/projects/iconsticker/indexj.html
  13. FieldMouse:
    http://siio.ele.eng.tamagawa.ac.jp/projects/fieldmouse/indexj.html
  14. DataTiles:
    http://www.csl.sony.co.jp/person/rekimoto/datatile/
  15. ePro:
    http://www-sl.r.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/ePro.html

Toshiyuki Masui