界面駭客日記(32) - ローカルファイルの終焉 増井俊之


文書作成をはじめとする現在の計算機上でのほとんどの仕事は、 使用中の計算機のディスクの中に格納されたファイル (ローカルファイル)の操作が基本になっています。 また、一般的なメーラでメールをやりとりする場合、 受け取ったメッセージはローカルファイルとして格納されるのが普通なので、 メールの送受信というのは 実際にはメールアドレスを利用したファイル転送を行なっているのと ほぼ同じことになります。
文書作成やメールのやりとりのように ローカルファイルを使用した作業を行なう場合、 そのファイルを格納した計算機を使っているときだけしか 文書やメールを読むことができないことになります。 いつも同じ計算機を利用している場合はそれでも特に問題はないのですが、 いろいろな場所で異なる計算機を使う機会や、 モバイル環境でメールをやりとりする機会が多くなってきた現在、 仕事や通信にローカルファイルを使うことの問題が多くなってきています。 ローカルファイルは「必要悪」であると考えて、 可能な限りローカルファイルは使わないようにしようという方針の オフィスもあるようです。

いろいろな環境でで同じデータを扱えるようにするためには、 以下のような方法が使われているようです。

  1. 常に複数の計算機間で同期をとってファイルの内容が同じになるようにする
  2. 常に作業用のリムーバブルディスクを持ち歩き、その中のデータのみを操作する
  3. 常にネットワーク上のファイルを操作する
1.のように複数の計算機でファイルの同期を行なうためのツールはいろいろありますが、 明示的に同期を行なうのは面倒です。 また、何台もの計算機を使用する場合、 ひとつの計算機のデータを変更したときは 残りすべてに変更を伝える必要がありますから、 実際はあまり沢山の計算機を使うことはできないでしょう。
2.のように常にリムーバブルディスクで作業していれば 同期をとる必要はありませんが、 いつもディスクを持ち歩くのは重いですし 紛失してしまう危険もあります。
3.のように常にネットワーク上のファイルを使って作業することにすれば、 ネットワーク接続が安定している限り安心してファイル操作を行なうことができます。 LAN上のファイルサーバを使ったこのような運用は広く行なわれていますが、 モバイル環境でも使えるように インターネット上のファイルサーバを利用する方法も 最近は現実的になってきています。 受け取ったメッセージをローカルファイルに格納せず、 メールサーバに置いたまま読み書きを行なうことにすれば どこからでもメッセージを読んだり書いたりすることができますし、 文書を編集するときは ネットワーク上のファイルを直接操作することにすれば、 ネットワークに接続できる環境であればどこでも同じデータを扱うことができるようになります。

IMAPを使ったメール管理

現在最も広く使われているPOPプロトコルを利用したメールリーダでは、 メールサーバに一時的に保管されたメッセージを取得して ローカルファイルに格納するようになっているのが普通ですが、 POPよりも新しいメールプロトコルであるIMAPでは、 メッセージをメールサーバに残したままでメールを読んだり操作したりすることが できるようになっています。
POPでサーバからメールを取得すると、 メッセージはローカルファイルに転送されてしまうため、 それ以降は別のマシンからそのメッセージを読むことができなくなってしまいますが、 IMAPを使う場合、 メッセージ本体がメールサーバに残っているため どのマシンからでもメッセージを読むことができるのが大きな特徴です。 メッセージの読み出し、メールボックス管理などの処理は すべてIMAPプロトコル経由でリモートから操作することができるので、 Becky!のようなWindows上のメールクライアントでも Mail.appのようなMacintosh上のメールクライアントでも 同じメールメッセージを読み書きすることができます。 また、ブラウザ上でメールを読むことができる WebMailと呼ばれるシステムを使えば、 一般的なブラウザを使ってメールを読み書きすることができます。 パソコン上でも携帯端末でも、 最近はほとんどあらゆる環境でWebブラウザを使うことができますから、 ローカルファイルのことを気にすることなく どこでもメールを読み書きすることができるようになります。
ブラウザ上で使えるWebMailシステムとしては IMP, SilkyMail, EMUMAIL, SquirrelMailなどがよく使われています。 これらは多くの機能を持っていますが、 携帯電話や携帯端末のブラウザからはうまく使うことができないことがあるため、 機能の低いブラウズからでも使える mobileimapというシステムが作られています[*1]。 mobileimapは非常にシンプルに作られたWebMailシステムであり、 auやi-modeなどのWebブラウザ経由でIMAPサーバにアクセスして メールを送受信することができるので大変便利です。


SquirrelMail


mobileimap画面

IMAPでは、 メールを削除しないとどんどん古いメールが溜まってしまいますし、 IMAPが使えるISPは少ないようですが、 POPと比較するとどこでも読み書きができるという大きな利点があるため、 Hotmailのようなサービスと同じように 今後は広く使われていくと思われます。

オンラインストレージサービスの利用

IMAPの導入によりメールメッセージをローカルファイルから追い出したのと同様に、 オンラインストレージサービスを使えば文書ファイルもローカルファイルから 追い出すことができます。 Xdrive Japanは ネットワーク上のストレージが WindowsのX:ドライブに見えるようにするサービスを提供しています[*2]。 このサービスを利用してX:ドライブ上で文書を作成すれば、 インターネットに接続された認意のWindowsマシンにおいて ローカルファイルと同じような手順で ネットワーク上の文書ファイルをアクセスすることができるようになります。

WebDAVの利用

X:ドライブのサービスは Xdrive Japanの提供するディスク領域を使用するため 大容量のデータを扱うことはできませんし、 ネットワーク上の自分のサーバを共有して使いたいことも多いと思われます。 LAN上のファイル共有プロトコルとしては、 SunがUnix用に開発したNFSや Windowsの標準であるSMBが広く使われていますが、 インターネット上ではHTTPプロトコル上で動作するWebDAV[*3]というプロトコルが 最近よく使われるようになってきています。 WebDAVは、もともとは Webサーバを拡張することにより Webページの書き換えを可能にするために作られたものですが、 一般的なファイルの読み書きにも使うことができます。
最近のWindowsでは「Webフォルダ」という名前でWebDAVサーバにアクセスして ファイルの読み書きができるようになっています。 しかし、 ExplorerやWordのようなOffice製品からはWebフォルダ内のファイルに 直接アクセスすることができるものの、 Webフォルダにドライブ名を割当てることができないので、 Xdriveのように普通のプログラムからファイルを操作することができません。 しかしWebDrive[*4]というシステムを利用すると WebDAVサーバやFTPサーバに ドライブ名を割当てることができるようになるため、 普通のエディタやプログラムでネットワーク上のファイルを ローカルファイルと同じように操作することができるようになります。 WebDAVサーバやFTPサーバは標準的なものを用意して使うことができますから、 容量の制限などを気にせず安心して使うことができます。

ローカルファイルをキャッシュとして扱うファイル管理

XdriveやWebDriveはWindowsマシンでしか動きませんし、 モバイル端末やUnixマシンでは WebDAVサーバ上のファイルを ローカルファイルのように気軽に扱うことは簡単にはできません。 しかし、ネットワーク上のファイルを完全にローカルファイルと同じように 扱うことをあきらめて、 ローカルファイルをネットワーク上のファイルのキャッシュとして使う方法で 我慢することにすれば、 広い範囲の機器でネットワーク上のファイルを効果的に利用することが できるようになります。
Unix上では、複数の開発者が共同でプログラム開発を 行なうための、cvsというネットワーク上のバージョン管理システムが 広く使われています。 cvsでは、ネットワーク上にファイルのレポジトリを用意し、 レポジトリからファイルを取得→ローカルファイルの修正→レポジトリにファイルを返却 という手順を各開発者が繰り返すことにより プログラムの共同開発が行なわれるようになっています。 ファイルの修正フェーズではローカルファイルを編集することになりますが、 これはレポジトリ上のファイルのキャッシュの操作であり、 レポジトリに返却してはじめて編集結果が正式に反映されることになります。 cvsは主にグループでのプログラム作成のために開発されたシステムですが、 個人が文書を管理するような応用においても、 ローカルファイルをなるべく使わずネットワーク上でファイルを 管理するという目的で使うことができます。
cvsはWindows, Macintosh, Unixなど多くのプラットフォームで動作しますし、 ネットワーク通信が必要になるのはレポジトリとデータをやりとりする時だけですから、 ネットワークが常に使用できない環境でも使うことができます。 たとえば ある駅でネットワーク上のレポジトリから文書をモバイル機器に取得し、 ネットワークが使えない電車の中で編集し、 着いた駅でレポジトリに返却する、 といた運用ができます。

現在はまだまだローカルファイルの使用が中心であり、 ネットワーク上のメッセージやファイルを利用する方法は一般的ではありませんが、 メールやファイルをネットワーク経由で操作するための便利な仕組みが 今後普及してくることでしょう。


  1. mobileimap:
    http://namazu.org/~satoru/mobileimap/
  2. Xdrive Japan:
    http://www.xdrive.co.jp/
  3. WebDAV:
    http://webdav.todo.gr.jp/
  4. WebDrive:
    http://www.webdrive.com/

Toshiyuki Masui