増井俊之の「界面潮流」

「界面」=「インタフェース」。ユーザインタフェース研究の第一人者が、ユビキタス社会やインターフェース技術の動向を読み解く。

第42回 脳と仮装

2010年4月14日

(これまでの増井俊之の「界面潮流」はこちら

心理学者のPaul J. Silviaの「How to write a lot」という本によれば、文章を沢山書こうとする人は執筆する時間を決めて必ずそれを守ることが重要で、それ以外に有効な方法は存在しないのだそうです。

作家を「カンヅメ」にすると実際効果があるそうですから、こういうやり方は正しいのだろうと思いますが、執筆する時間をきちんと決めて守ることは難しいものですし、執筆中に他のことをしないようにすることはさらに難しいものです。

このブログを書くような場合、検索などでどうしてもネットワークは必要ですが、メールやSNSやtwitterがあるとつい気が散ってしまいます。執筆専用の部屋や机を用意し、twitterやSNSだけ遮断するような細工をしておけばよさそうですが、専用の「執筆部屋」「執筆机」「執筆パソコン」を用意するのは贅沢なことですし、充分なカンヅメ感が得られるかは疑問です。

簡単な方法でカンヅメ感を得る方法は無いものでしょうか。

仮装で環境変換

人は着ているものによって意識が変化するものです。背広の時と普段着の時では意識が違うものですし、制服を着ていると気持ちが引き締まります。執筆するときは特別の「執筆服」を着るようにすれば、気が引き締まって執筆以外のことをやらないようになるかもしれません。

女性が気合を入れてデートに行くときは「勝負下着」を着るものだと言われていますが、普通の仕事をする場合でも下着によって気合いが変わるものだという研究結果があります。下着の違いで意識が変わるならば上着が違うと意識は相当変わるでしょう。

「執筆服」を着ると環境がカンヅメ状態になってtwitterやmixiにアクセスできなくなるとか、「管理帽」をかぶるとシステム管理者モードになるとか、服装によって計算機の挙動が変わるようなシステムを作り、それにあわせてBGMも変化させれば、気分を変えながら執筆などに没頭できるようになるかもしれません。

状況により挙動を変える計算機

ユーザや周囲の状況によって計算機の挙動が変わると便利なケースは多いと思われますが、状況によってワイヤレスLANに自動接続する仕組み以外、実際に使われている例はあまり有りません。最近のパソコンはカメラや加速度センサを内蔵しているものが多いですし、各種のセンサを外付けすることも容易ですから、これらを活用して、状況によって柔軟に挙動を変えるようにするとよさそうです。

  • ユーザの状況の活用
    ユーザは自分で着替えることによって執筆状態/管理者状態などの意識を切り換えることができますが、それ以外の状況も判断すると良い場合があります。たとえば、酔っている時に変なメールを書いてしまって後で冷汗をかかないようにするため、ユーザの酩酊状態を認識して自動的に挙動が変わるメールソフトが欲しいところです。
  • 周辺機器の自動選択
    ネットワークの自動接続は便利ですが、大抵の周辺機器は自動的に接続されるようになっていません。パソコンを持ち歩いて使う場合、利用している場所の近くにあるプリンタが標準になっていると便利ですし、近くのスキャナやカメラにすぐアクセスできると便利でしょう。
  • 辞書の自動選択
    状況によって文字入力システムの挙動が変わると便利なことがあります。予定表の場合は「か」という文字から「会議」という単語が予測されると便利ですが、住所の場合は「神奈川」や「川崎」が予測されると便利です。居場所によって「鹿児島」や「金沢」の方が良い場合もあるでしょう。昼間オフィスにいるときと夜自宅にいるときでは微妙に異なる辞書を使うと良いかもしれません。
  • タイムゾーンの自動選択
    GPSを搭載している機器では時計のタイムゾーンが自動設定されると便利でしょう。

センサを活用してユビキタスコンピューティングを行なう研究が多数行なわれていますが、デスクトップコンピューティングでのセンサ活用についてももっと考えてみるとよさそうです。

フィードを登録する

前の記事

次の記事

増井俊之の「界面潮流」

プロフィール

1959年生まれ。ユーザインタフェース研究。POBox、QuickML、本棚.orgなどのシステムを開発。ソニーコンピュータサイエンス研究所、産業技術総合研究所、Apple Inc.など勤務を経て現在慶應義塾大学教授。著書に『インターフェイスの街角』などがある。

過去の記事

月間アーカイブ

ブログ一覧

  • Autopia
  • Compiler
  • Cut up Mac
  • Danger Room
  • Epicenter
  • from Wired Blogs
  • Gadget Lab
  • Intel International Science and Engineering Fair (Intel ISEF)
  • IPTVビジネスはどのようにデザインされるか
  • Listening Post
  • Web2.0時代の情報発信を考える
  • Wired Science
  • yah-manの「イマ、ウェブ、デザイン、セカイ」
  • yomoyomoの「情報共有の未来」
  • それは現場で起きている。
  • ガリレオの「Wired翻訳裏話」
  • サービス工学で未来を創る
  • デザイン・テクノロジーによるサステナビリティの実現
  • デザイン・ビジュアライゼーションが変えるマーケティング・ワークフロー
  • マイケル・カネロスの「海外グリーンテック事情」
  • 佐々木俊尚の「ウィキノミクスモデルを追う」
  • 佐々木俊尚の「電脳ダイバーシティ」
  • 合原亮一の「科学と技術の将来展望」
  • 合原亮一の「電脳自然生活」
  • 増井俊之×LogMeIn
  • 増井俊之の「界面潮流」
  • 大谷和利の「General Gadgets」
  • 小山敦史の「食と人のチカラ」
  • 小島寛之の「環境と経済と幸福の関係」
  • 小田中直樹の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」
  • 小田切博の「キャラクターのランドスケープ」
  • 山路達也の「エコ技術研究者に訊く」
  • 後藤和貴の「ウェブモンキーウォッチ」
  • 携帯大学 web分校
  • 木暮祐一の「ケータイ開国論II」
  • 木暮祐一の「ケータイ開国論」
  • 松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」
  • 歌田明弘の「ネットと広告経済の行方」
  • 清田辰明の「Weekly image from flickr」
  • 渡辺保史の「コミュニケーションデザインの未来」
  • 濱野智史の「情報環境研究ノート」
  • 白田秀彰の「現実デバッグ」
  • 白田秀彰の「網言録」
  • 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」
  • 竹田茂の「構成的アプローチ」
  • 織田浩一の「ソーシャルメディアと広告テクノロジー」
  • 荒川曜子の「それはWeb調査から始まった」
  • 藤井敏彦の「CSRの本質」
  • 藤倉良の「冷静に考える環境問題」
  • 藤元健太郎の「フロントライン・ビズ」
  • 藤田郁雄の「サバイバル・インベストメント」
  • 西堀弥恵の「テクノロジーがもたらす快適な暮らし」
  • 関裕司の「サーチ・リテラシー」
  • 飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」
  • 高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」

Agile Media Network clipping

文は一行目から書かなくていい - 検索、コピペ時代の文章術

水曜日発売のNewsweek日本版、特集は「サッカー」

Googleインスタント検索でキーワード入力欄が下になくて困ったときは