増井俊之の「界面潮流」

「界面」=「インタフェース」。ユーザインタフェース研究の第一人者が、ユビキタス社会やインターフェース技術の動向を読み解く。

第52回 自己正当化の圧力

2011年2月10日

(これまでの増井俊之の「界面潮流」はこちら

人はいつでも自分の判断は正しいと思っており、余程痛い目にあわないとなかなか反省しないものです。大抵の説教は役にたちませんし、叱られたときは謝る前に言い訳してしまいます。

悩んだ後に難しい判断をした場合や、間違った選択をしてしまった場合、自分の行動は正しかったという理由を無理矢理捜して自分を納得させることがあります。

一方、何気ない選択行動をした後でも、人間は常に自分の行動は正しかったと解釈しがちであることが知られています。自分の行動は正しかったと信じることによって心の平安が得られるからだと思われます。

このような「自己正当化の圧力」は非常に強いものであり、Carol TavrisとElliot Aronsonの「なぜあの人はあやまちを認めないのか」(Mistakes Were Made, but Not by Me: Why We Justify Foolish Beliefs, Bad Decisions, and Hurtful Acts)という本で様々な例が紹介されています。

例えば、高価な商品を購入した場合、買うかどうかを直前まで迷っていた場合でも、いったん購入してしまった後では、自分の商品選択が正しかったことを信じようとする心理が働くため、その商品の評価は購入前よりも購入後の方が高くなることが実証されています。

購入を検討している商品の評判を知りたい場合、その商品を既に購入ずみの人の意見を聞こうと考えるのが普通でしょうが、購入してしまった人は自分の購入行動を無意識に正当化しようとして、その商品の価値を高めに見積もるバイアスがかかってしまうので、妥当といえない評価を行なう可能性が高くなります。

特に、家や車のように高価で返品が難しいものを購入した場合や、大量の時間と労力を投入した場合のように、やり直しがきかないことに対しては自己正当化の圧力がより強まることが知られています。

無意識に働く自己正当化の圧力のために、理性的に見えない行動を取ってしまうこともあります。

悪徳商法に騙されたことがある人は二度と騙されないように注意するものだと思うかもしれませんが、騙されたときの自分の判断を無意識に正当化しようとするあまり、間違った判断を繰り返してしまうことにより似たような話に何度も騙されてしまうこともあるようです。

また、現在の行動を正当化するために過去の記憶を無意識に改竄してしまうことすらあることが知られています。他人から見ると適当な嘘をついているように見える場合でも、本人は本当にそう信じていると話がこじれてしまいますが、間違った記憶が生じる根本的な理由は自己正当化の圧力である可能性があります。

自己正当化による説明

人間の様々な行動を「自己正当化」で説明することができます。

心理学者のスタンレー・ミルグラムは、6次の隔りを発見したことで近年よく知られていますが、服従実験と呼ばれる実験を行なったことでも有名です。

これは、ナチスの命令によりユダヤ人虐殺が行なわれたことをふまえ、「権威のある人間に命令されれば人は殺人さえ行なうのか?」ということを調べるために行なわれた実験で、別名「アイヒマン実験」とも呼ばれています。

服従実験では、「罰によって記憶能力が変化するかどうかを調べる」という実験を行なうという名目で集められた被験者が教師役となり、生徒役の被験者(実はサクラ)と組になって、記憶の成績が悪いと電気ショックを与えるという実験を繰り返します。

生徒が間違えるたびに電気ショックを強くするのですが、「生徒が悲痛な痛みを訴えるほどショックが強くなった場合でも実験を続行するように」という実験主催者の指示に従い、生徒が死ぬほどまで教師役の被験者はショックを与え続けたという衝撃的な結果が得られたというものです。

普通の人間でも命令されれば非道なことも行なってしまう可能性があることを示したこの実験結果は驚くべきものですが、実験は何度も追試が行なわれており、信憑性については疑問が無いと考えられています。しかし、何故人間がこのような行動をとってしまうかの解釈については議論が分かれています。

人間がこのような行動をとってしまう理由として、「人間は権威に弱く、権威あるものに命令されると従ってしまう」という解釈が一般的ですが、山形浩生氏はミルグラムがこの実験について書いた本の邦訳の解説において、人は権威に服従しているのではなく、権威を信頼しているからこのような行動をとってしまうのだという解釈をしています。

どちらの解釈も権威の存在を前提としていますが、実は権威が存在しない場合でも自己正当化の圧力によってこのような行動をとってしまうのだという解釈も考えられます。

ロバート・チャルディーニの「影響力の武器」という本では、セールスなどにおいて他人に影響を与えるための様々なテクニックやその対策が解説されています。たとえば、人間は他人に何かをしてもらったとき借りを返さなければならないと感じてしまう「返報性の原理」というものがあるので、小さな恩を売ることにより大きな見返りを得られる可能性があることが示されています。この本では他にも数種類の原理が解決されていますが、返報性の原理と並んで重要な「一貫性の原理」というものについても解説されています。人間は矛盾する行動をとることを嫌がるものなので、小さな頼みを聞いてもらった後でそれに似た大きな頼みをお願いすると、そちらもOKしてもらえる可能性が高くなるのだそうです。

この「一貫性の原理」は「自己正当化の圧力」と似ているように思われます。一度何かの依頼を受諾した場合、それに似た別の依頼を断わることを正当化できませんから、依頼を受諾せざるをえなくなることになります。服従実験の場合も同様で、実験のために一度苦痛を与えてしまった場合、その行為を正当化するためには何度でも苦痛を与えることが必要になります。つまり、自己正当化の圧力が充分強ければ、権威が存在しない場合でも服従実験のような結果が出てしまうかもしれません。

服従実験以外の心理学実験に対しても「自己正当化の圧力」という考えで解釈できることが多いようです。

自己正当化力の活用

18世紀の米国で政治家/発明家として活躍したベンジャミン・フランクリンは、「フランクリン自伝」で、自己正当化の力を使うことによって、敵対していた人物を味方に変えることに成功した逸話を述べています。フランクリンは、自分を嫌っていると思われる人から本を借りるという方法をとりました。フランクリンからの依頼を無下に断わるわけにもいきませんから、不審に思いながらも本を貸すことになったわけですが、「何故嫌ってる人間に自分は本を貸してやるのだろう?」と無意識的に悩んだ結果、「嫌いな人間に本を貸すはずはないから、自分はフランクリンを嫌っていないのだろう」という自己正当化心理が働き、その後はフランクリンを嫌うような行動をとらなくなったのだそうです。

他人を味方につけようとする時、その人の得になるようなことをしてあげればよいと考えがちですが、それよりも何かを頼むことの方が効果的だというのは面白いところです。自己正当化力の強さは相当なものだといえるでしょう。

自己正当化力のコントロール

間違った判断に結び付きやすいにもかかわず自己正当化の力が強く残っているのは、自己正当化が有利に働くことが多いからだと思われます。

敵に追われたときは、どちらに逃げるべきか悩んでる暇があればサッサと決めた方向に全力で逃げる方が生き残りやすいでしょう。一度結婚してしまった場合は、その結婚が正しかったかどうかクヨクヨ悩むよりも選択の正しさを完全に信じて生きる方が得でしょう。常に自分が正しいと思っている人は精神的に悩むことも少なくてすむでしょう。

自己正当化力が強いほど生き残りに有利だったのかもしれません。

とはいうものの、現代では自己正当化力が強いと様々な問題が出るのは確かです。自己正当化力が強い人は頑固で喧嘩が絶えないことでしょう。過度の自己正当化を行なっていないか注意して行動することが必要でしょうし、自己正当化の力を利用して騙されていないか注意することも必要でしょう。

何かを設計するときも自己正当化の罠に陥らないようにする注意が必要です。一旦設計方針を決めた後でも、問題や改良案がみつかった場合はすぐに方針を変更するべきですが、大きな方針変更は以前の決定の否定になるので自己正当化の圧力と対立してしまいます。

設計の初期段階でデザインを詳細まで決めてしまうと、発想が制限されがちであることが知られていますが、自己正当化による弊害を防ぐためにも、後からの方針変更の余地を残しながら柔軟に設計を進めていくとよいのかもしれません。

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プロフィール

1959年生まれ。ユーザインタフェース研究。POBox、QuickML、本棚.orgなどのシステムを開発。ソニーコンピュータサイエンス研究所、産業技術総合研究所、Apple Inc.など勤務を経て現在慶應義塾大学教授。著書に『インターフェイスの街角』などがある。

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