増井俊之の「界面潮流」

「界面」=「インタフェース」。ユーザインタフェース研究の第一人者が、ユビキタス社会やインターフェース技術の動向を読み解く。

第53回 NFC革命

2011年3月10日

(これまでの増井俊之の「界面潮流」はこちら

「NFC」(Near Field Communication)というキーワードが最近話題になっています。NFCとは、SuicaのようなRFIDタグで使われている無線通信の規格です。日本ではソニーが開発したFeliCaの仕様に準拠したSuicaやICOCAのようなカードが沢山利用されていますが、海外ではフィリップスが開発したMIFAREという規格のカードの方が広く使われており、日本でもTaspoではMIFAREカードが利用されています。FeliCaとMIFAREは規格が異なっていますが、共通部分であるNFCがISO規格として標準化されています。

NFCがISOで標準化されたのは2003年のことです。Suicaが近年爆発的に普及した一方で、NFC規格が一般のユーザの間で特に話題になることはなかったのですが、スマートフォンにNFCのリーダ/ライタが標準装備される動きが出てきたため、俄然NFCが脚光をあびるようになってきました。

現在、FeliCaリーダや住基カード用のリーダはパソコン周辺機器として安価に販売されており、Suicaなどのデータを読むことができるのですが、一般ユーザにとって利用するメリットは少ないため、ほとんど普及していないと思われます。

しかし海外で販売されているNexus SのようなスマートフォンにはNFCのリーダ/ライタ及び制御ソフトウェアが内蔵されており、誰でも簡単にNFCを利用するアプリケーションを利用したり作成したりできるようになっています。少し前まではGPSの利用者は限られていましたが、最近はあらゆる携帯電話がGPSを内蔵しているため、携帯電話で位置情報を利用するのは常識になってしまっています。

これと同じように、スマートフォンにリーダやライタが標準的に装備されるようになると、RFIDの利用事情が大きく変化する可能性があります。スマートフォンでどこでもRFIDのデータを読み書きできるようになれば、製品やポスターなどに貼ってあるRFIDからデータを読み取ることが簡単にできますし、他人のスマートフォンとの間でデータをやりとりすることもできます。

携帯電話に内蔵されたNFCリーダ/ライタを誰もが持ち歩くようになることによって、新しい応用が沢山考えられてくると思われます。NFC内蔵Androidを活用する新しいインタフェースを提供するTagletというアプリケーションが提案されています。また、NFCの普及を促進しようとしている関連企業はNFC Forumという団体を運営しており、コンテストなどを通じてNFCの新しい利用法を探っています。

NFCスマートフォンによる実世界GUI

Suicaや「おさいふケータイ」などでは、カードや携帯電話をRFIDリーダに近付けるという操作によってなんらかのアクションを開始するようになっています。NFCリーダ内蔵スマートフォンの場合も同様に、スマートフォンをNFCカードなどに近付ける操作を基本として考えられていることが多いようです。

カードとリーダを近付けるという操作は、パソコンのGUIでアイコンをクリックするのと同程度の自由度を持っているといえますが、アイコンだけではパソコンを自由に操作することはできません。パソコンではマウスを使ってメニューやスクロールバーのようなGUI部品を操作することによって複雑な作業を行なうことができますが、NFCスマートフォンでもマウスと同じような操作ができるようにすれば、スマートフォンにマウスのような自由度を持たせることができると思われます。

スマートフォンをカードにタッチしたときにメニューやスクロールバーを表示させてそれを操作することもできるでしょうし、スマートフォン内蔵の動きセンサを利用すれば、タッチ後にスマートフォンを動かすことによって操作を切り替えることもできるでしょう。例えば、スマートフォンでパソコンにタッチしてから上に動かすことによりデータをパソコンからコピーし、別のパソコンにタッチしてから下に動かすことによりデータをパソコンにコピーするといった「実世界コピペ」を行なったり、スマートフォンで音量調節パネルにタッチしてから左右に回転させることによって音量を調整することもできるでしょう。

私はこのような「実世界GUI」を実行することができる「FieldMouse」という装置を提案し、バーコードリーダ内蔵のPalmに傾きセンサを内蔵させて実験を行なっていたのですが、市販のNFC内蔵スマートフォンを使えば誰でもFieldMouseを使うことができるようになります。下の写真では、紙に印刷したパネルをバーコードリーダで認識した後で回転させることによって音量を調節していましたが、音量調節用のNFCカードをスマートフォンで認識した後でスマートフォンを回転させることによって同様の操作を行なうことができるでしょう。


紙に印刷した音量調節パネル


FieldMouse利用例。紙の前で装置を回すと音量を変えられる。

NFCを内蔵したスマートフォンが普及すればこのような実世界GUIを誰もがどこでも利用できるようになるので、情報家電の使い方が大きく変わる可能性があります。現在NFC内蔵スマートフォンは日本でまだ発売されていませんが、今後発売されるAndroidやiPhoneにはNFCが内蔵される公算が大きいので、このような実世界GUIを利用できる環境を整えていけると良いと思っています。

フィードを登録する

前の記事

次の記事

増井俊之の「界面潮流」

プロフィール

1959年生まれ。ユーザインタフェース研究。POBox、QuickML、本棚.orgなどのシステムを開発。ソニーコンピュータサイエンス研究所、産業技術総合研究所、Apple Inc.など勤務を経て現在慶應義塾大学教授。著書に『インターフェイスの街角』などがある。

過去の記事

月間アーカイブ

ブログ一覧

  • Autopia
  • Compiler
  • Cut up Mac
  • Danger Room
  • Epicenter
  • from Wired Blogs
  • Gadget Lab
  • Intel International Science and Engineering Fair (Intel ISEF)
  • IPTVビジネスはどのようにデザインされるか
  • Listening Post
  • Web2.0時代の情報発信を考える
  • Wired Science
  • yah-manの「イマ、ウェブ、デザイン、セカイ」
  • yomoyomoの「情報共有の未来」
  • それは現場で起きている。
  • ガリレオの「Wired翻訳裏話」
  • サービス工学で未来を創る
  • デザイン・テクノロジーによるサステナビリティの実現
  • デザイン・ビジュアライゼーションが変えるマーケティング・ワークフロー
  • マイケル・カネロスの「海外グリーンテック事情」
  • 佐々木俊尚の「ウィキノミクスモデルを追う」
  • 佐々木俊尚の「電脳ダイバーシティ」
  • 合原亮一の「科学と技術の将来展望」
  • 合原亮一の「電脳自然生活」
  • 増井俊之×LogMeIn
  • 増井俊之の「界面潮流」
  • 大谷和利の「General Gadgets」
  • 小山敦史の「食と人のチカラ」
  • 小島寛之の「環境と経済と幸福の関係」
  • 小田中直樹の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」
  • 小田切博の「キャラクターのランドスケープ」
  • 山路達也の「エコ技術研究者に訊く」
  • 後藤和貴の「ウェブモンキーウォッチ」
  • 携帯大学 web分校
  • 木暮祐一の「ケータイ開国論II」
  • 木暮祐一の「ケータイ開国論」
  • 松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」
  • 歌田明弘の「ネットと広告経済の行方」
  • 清田辰明の「Weekly image from flickr」
  • 渡辺保史の「コミュニケーションデザインの未来」
  • 濱野智史の「情報環境研究ノート」
  • 白田秀彰の「現実デバッグ」
  • 白田秀彰の「網言録」
  • 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」
  • 竹田茂の「構成的アプローチ」
  • 織田浩一の「ソーシャルメディアと広告テクノロジー」
  • 荒川曜子の「それはWeb調査から始まった」
  • 藤井敏彦の「CSRの本質」
  • 藤倉良の「冷静に考える環境問題」
  • 藤元健太郎の「フロントライン・ビズ」
  • 藤田郁雄の「サバイバル・インベストメント」
  • 西堀弥恵の「テクノロジーがもたらす快適な暮らし」
  • 関裕司の「サーチ・リテラシー」
  • 飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」
  • 高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」

Agile Media Network clipping

ポトスライムの舟

02月24日 今日のWEB担当者向けニュース拾い読み

3月31日をもちましてFPNは運営を休止させて頂きます。