- 著者
- 林 望
- ・ソ・、・ネ・/dt>
- 書斎の造りかた - 知のための空間・時間・道具
- シリーズ
- カッパ・ブックス
- ニ�時�/dt>
- February 2000
- 出版
- 光文社
- ・ウ・皈鵐/dt>
- 書斎が大事だとかテレビがよくないとか当たり前のことを書いてある。
この手の本を買う人はそういうことを当然意識しているのだから
書いても仕方がないと思うのだが。
男たるもの邪魔の入らない書斎を持つべきである、
といううメインの主張はまぁ置いておいて...
- 昔は
筆、紙、硯、墨が「文房四宝」と呼ばれていたが、
この他に、「硯屏」(けんびょう)と呼ばれる、
石でできた小さな屏風が珍重されていたらしい。
仕事に疲れたときに目を安める効果があったらしい。
(パソコン時代にもこういうのは実は有用かも)
- 照明はスタンド式は良くなくて、頭の後ろから照らすのがよい
- エアコンで暖房すると頭が暑くなるのでよくない。暖房は下からやるのがよい。
- コピーなどのOA機器はケチらず良いものを買う方がよい。
結構いろいろ使えるものである。
- 名著は復刊されるし図書館にもあるから、そういうのは捨ててしまっても問題がない。
それよりも、二度と手に入らないような変な雑誌とかパンフレットとかを保存した方が後々面白い。
- 電子ブックは活字を大きくして読めるところが良い。
何も残らないので読んだ気がしないのが難点であるが。
- ものに対して投資するよりも自分や家族など人間に投資する方が得である
- ウオヘラ
- この手の本を書く人達は、
何故かパソコンの使い方についてひとこと言いたがることが多いようである。
たいした工夫をしてるわけではないし、
ソフトについてよくわかっているわけでもないのだし、
他人に宣伝するほど自分が一番うまく使いこなしてると主張するのは
滑稽だと思うのだが、
自分はパソコンを使いこなしてるぞ、という事実が自慢なのだろうし、
編集者がその滑稽さに全く気付かないせいなのだろう。
数ある「文章読本」と同じような
「御機嫌系」になっているのであろう。
林望氏ですら「電子ブックを読んだ後で何も残らない」点が気になるというのは興味深い。
本の内容よりも書籍という形態を重視していることになるからである。
自己を充実させるために本を読むのであれば、
後に何かモノが残るかどうかなどは全く気にならないはずなのだが、
そういうものではないらしい。
(2003/8/2 増井) - エカチロ
- 全然関係ないが、「硯屏」でGoogle検索するとこういうのがみつかった。
芥川龍之介「身のまはり」より:
『僕の青磁の硯屏は團子坂の骨董屋で買ったものである。
尤も進んで買った譯ではない。
僕はいつかこの硯屏のことを「野人生計の事」といふ随筆の中に書いて置いた。
それをちょっと摘録すれば─或日又遊びにきた室生は、
僕の顔を見るが早いか、
團子坂の或骨董屋に青磁の硯屏のでてゐることを話した。』
谷根千的に興味深い。
- ・ォ・ニ・エ・/dt>
- Organizer
ISBN: 4334006698
Category: Organizer
Comment: 書斎が大事だとかテレビがよくないとか当たり前のことを書いてある。
この手の本を買う人はそういうことを当然意識しているのだから
書いても仕方がないと思うのだが。
<br>
男たるもの邪魔の入らない書斎を持つべきである、
といううメインの主張はまぁ置いておいて...
<ul>
<li> 昔は
筆、紙、硯、墨が「文房四宝」と呼ばれていたが、
この他に、「<font color=green>硯屏</font>」(けんびょう)と呼ばれる、
石でできた小さな屏風が珍重されていたらしい。
仕事に疲れたときに目を安める効果があったらしい。
(パソコン時代にもこういうのは実は有用かも)
<li> 照明はスタンド式は良くなくて、頭の後ろから照らすのがよい
<li> エアコンで暖房すると頭が暑くなるのでよくない。暖房は下からやるのがよい。
<li> コピーなどのOA機器はケチらず良いものを買う方がよい。
結構いろいろ使えるものである。
<li> 名著は復刊されるし図書館にもあるから、そういうのは捨ててしまっても問題がない。
それよりも、二度と手に入らないような変な雑誌とかパンフレットとかを保存した方が後々面白い。
<li> 電子ブックは活字を大きくして読めるところが良い。
何も残らないので読んだ気がしないのが難点であるが。
<li> ものに対して投資するよりも自分や家族など人間に投資する方が得である
</ul>
Bibtype: Book
Month: feb
Author: 林 望
Series: カッパ・ブックス
Title: 書斎の造りかた - 知のための空間・時間・道具
Comment1: この手の本を書く人達は、
何故かパソコンの使い方についてひとこと言いたがることが多いようである。
たいした工夫をしてるわけではないし、
ソフトについてよくわかっているわけでもないのだし、
他人に宣伝するほど自分が一番うまく使いこなしてると主張するのは
滑稽だと思うのだが、
自分はパソコンを使いこなしてるぞ、という事実が自慢なのだろうし、
編集者がその滑稽さに全く気付かないせいなのだろう。
数ある「文章読本」と同じような
「御機嫌系」になっているのであろう。
<br>
林望氏ですら「電子ブックを読んだ後で何も残らない」点が気になるというのは興味深い。
本の内容よりも書籍という形態を重視していることになるからである。
自己を充実させるために本を読むのであれば、
後に何かモノが残るかどうかなどは全く気にならないはずなのだが、
そういうものではないらしい。
<br>
(2003/8/2 増井)
Year: 2000
Date: 2003/08/03 10:05:59
Comment2: 全然関係ないが、「硯屏」でGoogle検索するとこういうのがみつかった。
<br>
芥川龍之介「身のまはり」より:
<br>
<font color=green>
『僕の青磁の硯屏は團子坂の骨董屋で買ったものである。
尤も進んで買った譯ではない。
僕はいつかこの硯屏のことを「野人生計の事」といふ随筆の中に書いて置いた。
それをちょっと摘録すれば─或日又遊びにきた室生は、
僕の顔を見るが早いか、
團子坂の或骨董屋に青磁の硯屏のでてゐることを話した。』
</font>
<br>
谷根千的に興味深い。
Publisher: 光文社